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お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人

2012/06/04 00:53

外国人と深いところで理解し合い、分かち合えるようになるためには、彼らのプライベートでの生活を知ることがその近道だったりする。さすがに最近は頻度も少なくなったが、逆に外国から人が訪れてきた際には、私も可能なかぎり彼らを自宅に招き、私も彼らに対して同様のポリシーで望み、そして接した。日本の、ごくごく普通のありふれたサラリーマン生活の日常とその暮らしを知ってもらい、そこから彼らが何かを感じとってくれたり、理解してくれればいい、との思いがあった。

フランスへは仕事、プライベートも含めてこれまで何度も訪問した。が、実のところ、彼らのごくありふれた日常の暮らしぶりはあまり知らない。本書の著者である吉村葉子さんは、フランスでの暮らしを20年経験された方だ。そんな彼女の一冊には、フランス人との交流を通しての彼らのプライベートな側面が見事に、しかもユーモアたっぷりで満載だ。

自動販売機のない国
日本ではどこへ行ってもコンビニと自動販売機はある。ご丁寧なことに、コンビニの店頭に自動販売機が設置されていたりもする。フランスではこのような光景にお目にかかることはない。旅行中はひたすら街を歩くことをモットーとする私にとっては、出発前にミネラルウォーターを入手しておくことは欠かせない。ここで問題となるのがペットボトルのミネラルウォーターをどうやって調達するかだ。よほど大きなアメリカ系のホテルでもないかぎり、ホテルの中には自動販売機はないし、街の通り沿いにもない。空港か駅に行くとやっと発見したりするが、数は非常に少ない。旅行者が例えばパリの街中でペットボトルに入ったミネラルウォーターを買う場所といえば、駅のキオスクか、あるいは街の食料品店か。要するに機械から買うのではなく、人から買うのが基本だ。著者の吉村さんも書かれていたが、飲料水の自動販売機は少ないかわりに、なぜかチョコバー系のやスナック類の自動販売機はたまに地下鉄の構内で見かけるし、花の自動販売機なども見かけたりする(がしかし、多くの場合、小銭を入れても故障していることなど日常茶飯事だ)。これらは逆に日本ではゼロではないが、飲料水の自動販売機ほど見かけることはない。

このあたりの話については、著者の吉村さんもフランス人に聞かれたようだ。

それにしてもなぜ、フランスでは自販機を設置しないのか。あるとき私はそのことを不審に思い、親しいフランス人のムッシュに聴いてみたことがある。自販機に囲まれて暮らしたことがない彼には難しい質問だったかとも思ったが、返ってきた答えはこうだ。
「簡単にジュースやコーヒーが買えたら、カフェが儲からないじゃない。それよりもなにより、自販機は水道じゃないんだから、お金がいるでしょ。」
吉村葉子お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』講談社、54ページ)

これには一理あるかもしれない。単に自動販売機を狙った犯罪が多発するからだけの理由であれば、地下鉄の構内にスナックを販売したりする自動販売機など設置しないことだろう。フランスならではの事情かもしれない。

管理職たちが猛烈に仕事をするのがフランス
私は(も)「フランス好きのフランス人嫌い」の一人かも知れない。フランスに行くと、大変ストレスが溜まることがある。例えば駅や空港のサービス窓口での対応などだ。彼らには大変申し訳ないが、(また人にもよるかもしれないが)資本主義の国でありながらも、我々日本人が期待し頭に描くような顧客サービスからは残念ながらほど遠い。これには色々理由があるが、吉村さんはそのあたりの事情を次のように書く。

トップ以下の管理職たちが猛烈に仕事をするのが、フランスなのである。ところが、どんなに働いたからといって、えらくなる見込みのない人たちの仕事ぶりは緩慢そのもの。パリの郵便局や駅の窓口が混雑しているのも、スーパーのレジに長蛇の列ができるのも、そこで働いている彼らの効率の悪さのせいだ。郵便局や駅の窓口、スーパーのレジのお姉さんとか、フランスを訪れた私たちの目につく場所にいる人たちが怠惰であるがゆえに、とにかくフランス人全員が働かないという印象が私たちに根づいてしまうのである。
吉村葉子お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』講談社、84ページ)
実際私がパリで親しくなった彼らは、禁欲的なまでに勤勉に働けば金持ちになれるなんて、だれ一人として思っていなかった。薪を背負いながら本を読む、二宮金次郎的な勤勉さは、フランス人の望むところではない。彼らはマックス・ウェーバーではなく、聖書にある「貧しきものは、幸いである」とか「富めるものは、不幸である」といった言葉に共感しているのだから。
吉村葉子お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』講談社、111-112ページ)

子どもの時から刷り込まれている発想の違い
吉村さんが子供たちの遠足の補佐役として先生に付き添ったストーリーから。これにはさすがに驚いた。

「お弁当を忘れた子はいますか?」ではなく、「お昼の食べ物を持って来なかった子は、手をあげて」。
「お弁当をひっくり返してしまった」のではなく、「ひっくり返っちゃった」。
「水をこぼした」のではなく、「水がこぼれちゃった」。
吉村葉子お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』講談社、184-186ページ)

特に後者の2つは、主語が何に置かれているかを考えたときに、さすがに驚いた。英語で言えば、一人称の "I" ではなく、三人称の"It" になっているではないか。このような状況では、自分に非があると認めるわけでもなく、あたかも物事が自然発生的に起きたと(都合よく)捉え、またそのように人に説明するのだろうか? また、先生側も「忘れた子」といったような言い方で咎めるのではなく、「持って来なかった子」という表現・・・。 

これら以外にもフランスでのエピソード満載の一冊。フランス人とその文化、行動、習慣、物の見方、考え方を以って、この閉塞感漂う日本社会を透かしてみると、問題解決のためのヒントが何か隠されているかもしれない。
フランス人とフランス社会を理解するためのおすすめの一冊。

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パリの街角のサンドウィッチ屋さん (September, 2009)




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