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玄冬の戸隠―神聖なる時空の交叉する聖地

2012/06/10 02:36

戸隠の地を訪れる度にいつも不思議に思っていた。

何故この山奥に神社を建立したのだろうか・・・
なぜ信州・長野のこの地でなければならなかったのだろうか・・・
戸隠が聖地と呼ばれる所以はどこから来ているのだろうか・・・

戸隠には特筆すべきことがもう一つある。
戸隠神社中社に蔵されている「牙笏(げしゃく)」(昭和四十一年、国の重要文化財に指定)の存在だ。牙笏とは、聖徳太子像で本人が手に持っている板状の物のことを指す。戸隠における牙笏は、今から約千三百年ほど前に、遠くアフリカの地からシルクロードを経由して日本に渡り、さらに、都から山深い戸隠の竜神に奉納された宝物とされている。が、奈良時代もしくはそれ以前の牙笏は、今のところ全国で五枚しか確認されておらず、いずれの牙笏も中央政府のたいへん有名な人物との関わりを持っていた、とされている。

戸隠神社・奥社、九頭龍社には午前中に参拝し、参拝後は参道入口のお蕎麦屋さん「なおすけ」(photo)で昼食に美味しいお蕎麦をいただき、食後には残りの三社に参拝する、というのがいつものパターンだ。今年4月末に、まだ雪深い奥社、九頭龍社を(photo)を参拝した時にもそのようにした。そして「なおすけ」の入口付近で席順を待っている間におみやげものコーナーで出会ったのがこの一冊だった。

本書は、冒頭のすべての疑問にみごとに応えてくれた。

「レイライン」という言葉がある。ウィキペディア上での解説はこちらの通りだが、より日本的に即して言うならば、「現代日本にも残る古代日本の太陽信仰の痕跡。神社、仏閣および山を、冬至や夏至の日の出・日没と結ぶと直線上でつながるという不思議なライン」とでもいうべきか。

冒頭の謎に対する解の詳細については、本書を手にとっていただきたいが、そこには;
  • レイライン - すなわちここでは、冬至の太陽の運行にかかわる特別な自然条件および地理的条件が備わっていること、
  • 信州・長野の地の選定に至っては、日本書紀の記録に残る天武天皇・持統天皇の時代にまで遡ること、
  • 天武天皇は当時の唐に強い関心を寄せられており、
    - その国づくりと都の置き方(首都、副都)を唐に手本とされたこと、
    - 中国の思想「陰陽五行説」にも強い関心を寄せられていたこと、
などがポイントとなる。これらにより建立の場所が定められ、当時の藤原京(今の奈良県橿原市)〜須波(現在の諏訪市)〜松本〜戸隠の全てつながることになる。
天武天皇の時代といえば西暦600年代の飛鳥時代。当時の人々が何を思い、何から学ぼうとし、当時の国家をどのように統治しようとしたのか、に思いを馳せると大変に興味深い。

あまりの神々しさに全身が身震いし、無意識の内に柏手を打った。
周囲に満ち溢れた清々しい神気に、私の体はすっぽりと被われていた。
この瞬間に出会うため、私は今まで何度、ここに立ったことだろう・・・。
(宮澤 和穂『玄冬の戸隠―神聖なる時空の交叉する聖地 』龍鳳書房、2ページ)

「あまりの神々しさに全身が身震いし・・・」 - 全くそのとおりだ。

この杉並木に立つ時、あまりの自然の力に圧倒され、自らが自然に飲み込まれるような思いすら感じる。
Walking in Nagano Day-2 : Togakushi
The approach to Oku-sha and Kuzuryu-sha lined with tall cedar trees.
Togakushi, Nagano (Apr. 30, 2012)



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