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30年前、そして30年後・・・

2012/07/15 02:10

先日、仕事の資料収集のために、日経エレクトロニクス誌の2012年3月5日号のバックナンバーを注文していたものが、本日自宅に届いた。封筒を開けて同誌を取り出し、その物理的な厚み(薄さ)に驚いた。その厚さがそこまで変わったのは他でもない。広告の出稿数の激減だ。

実は、私の手元には日経エレクトロニクス誌の1983年2月14日号がある。なんと29年前の専門紙だ。当時は日経マグロウヒルという会社から出版されていた。当時は雑誌広告全盛の時代で、広告出稿社数はカラー見開きから2色1/4ページものまで、さまざまな広告が展開されており、広告索引のページだけでもなんと2ページにも及んでいる。正確な数を数えたわけではないが、広告出稿社数はおそらく数百社にも及ぶものと思われる。当時の号は全364ページで構成されている。ちなみに2012年3月5日号では、広告出稿者数は16社のみで、全122ページ構成だ。当時のエレクトロニクス業界での広告媒体といえば雑誌がメインであり、専門誌に掲載される広告から得られる情報も貴重な情報の一つだった。そしてまた同業他社の広告は食い入るように見入ったものだった。あれから時は流れ、広告の舞台、そして記事原稿を発表する舞台は、紙媒体からネットの世界へと移った・・・。

1983年2月14日号の日経エレクトロニクス誌の記事にはどのような内容のものが掲載されていたのか。当時の目次から幾つかをピックアップしてみる。
  • リレーショナル・データベース管理システムAIM/RDBの管理手法
  • 各種のローカル・ネットワークを相互に結合させ、混合網も作れるゲートウェイ
  • 新しい計測用インタフェースを使い、安上がりのデータ収集・制御システムを構成する
いずれも今日の技術の基礎となる話題が当時の記事として取り上げられていたわけだが、2つめの「各種のローカル・ネットワークを相互に結合させ、混合網も作れるゲートウェイ」の記事でいうところの「各種のローカル・ネットワーク」の「各種」には、イーサネットは既に登場していたが、その他に「Omninetに接続されたパーソナル・コンピュータ群」、および「IEEE-488バスに接続された計測器群」などが記事内の図に記載されていた。年表的にはトークン・リングやFDDIが開発されたのは、この誌の1年後の1984年のことらしい。WAN経由によるイーサネット間の接続では、その製品が本格的に市場に出回り始めたのは1990年代の前半〜中頃だったかと記憶している。ようやく製品化されるまでに当時からさらにおよそ10年の月日を要していたことになる。しかもまだまだ重く巨大な箱だった。当時の記事には未だ海外の提携誌からの記事の翻訳が多く、この記事も当時の提携誌であった米・Electronics誌からの翻訳記事だった。そんな海外からの情報にも目を見張ったものだった。また、同誌内には「新製品」、「技術速報」、「海外技術速報」、および「産業ニュース・ダイジェスト」のコーナーが設けられており、当時の技術者がいかに国内外の最新情報に飢えていたかが伝わってくる。

2012年3月5日号の表紙に記載されている記事タイトルを拾ってみる。
  • 新・電力システムに懸ける
  • 新興国のスマートフォン11機種を開けてみた
  • ビッグデータの本質
  • ARM版Windowsの詳細発表
  • 個人向け放射線量計「エアカウンターの開発」
  • 続・福島原発事故の本質
  • ニッチに勝機あり ”お蔵入り”技術を活用へ
電力、放射線、福島原発に関する記事・・・。1983年当時はアメリカを追いかけていた日本が、29年後のいまでは新興国の技術を追う立場になっている。これらからは、いかにも「今」という時代が伝わってくる・・・。

いまからほぼ30年前の日経エレクトロニクス誌。そしていまから30年後の同誌にはどのような内容が掲載されるのであろうか・・・。


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